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セメント樽の中の手紙

中目黒店 青柳です。

初秋の訪れを感じる久方ぶりの休日に、東陽町なる街で、免許証を再発行して参りました。

涼しげな気候の中、自動二輪車へ跨り、遠方へ小旅行へ出掛けたくなりました。

帰り道にぶらりと神保町へ立ち寄り、胸躍る作品を購入致しました。

プロレタリア文学の鬼才、葉山嘉樹の「セメント樽の中の手紙」であります。

数年前、インターネットを媒介して拝見した事のある作品でしたが、

やはり一冊の本として手に入れると、その重みに刺戟を受配されるのであります。

そこにはこう記されておりました。



 (作品中より抜粋)
 ---彼が拾った小箱の中からは、ボロに包んだ紙切れが出た。それにはこう書いてあった。

 「私はNセメント会社の、セメント袋を縫う女工です。私の恋人は破砕器(クラッシャー)へ石を入れることを仕事にしていました。
 そして十月の七日の朝、大きな石を入れる時に、その石と一緒に、クラッシャーの中へ嵌(はま)りました。
 仲間の人たちは、助け出そうとしましたけれど、水の中へ溺れるように、石の下へ私の恋人は沈んで行きました。
 そして、石と恋人の体とは砕け合って、赤い細い石になって、ベルトの上へ落ちました。ベルトは粉砕筒へ入って行きました。
 そこで鋼鉄の弾丸と一緒になって、細かく細く、はげしい音に呪いの声を叫びながら、砕かれました。
 そうして焼かれて、立派にセメントとなりました。

(中略)

 あなたは労働者ですか、あなたが労働者だったら、私を可哀相だと思って、お返事下さい。
 此樽の中のセメントは何に使われましたでしょうか、私はそれが知りとう御座います。

(中略)

あなたが、もし労働者だったら、私にお返事下さいね。
その代り、私の恋人の着ていた仕事着の裂(きれ)を、あなたに上げます。
この手紙を包んであるのがそうなのですよ。
この裂には石の粉と、あの人の汗とが浸み込んでいるのですよ。
あの人が、この裂の仕事着で、どんなに固く私を抱いて呉れたことでしょう。

あなたも御用心なさいませ。さようなら。」

 松戸与三は、湧きかえるような、子供たちの騒ぎを身の廻りに覚えた。
 彼は手紙の終りにある住所と名前を見ながら、茶碗に注いであった酒をぐっと一息に呻(あお)った。

「へべれけに酔っ払いてえなあ。そうして何もかも打(ぶ)ち壊して見てえなあ」

と怒鳴った。

「へべれけになって暴れられて堪るもんですか、子供たちをどうします」

 細君(松戸与三の妻)がそう云った。
 彼は、細君の大きな腹の中に、七人目の子供を見た。---
(大正十五年一月)



全文を読みたい方はこちら↓
http://www.aozora.gr.jp/cards/000031/files/228_21664.html



大正の労働者階級の絶望と、そこに現れる生命の誕生と言う希望を対比描写した、葉山嘉樹の名作。

暗調な展開の中に垣間見える、男と女、仕事と酒、金や性といった単純な欲に溺れる社会構図が、

大正15年から86年経った平成の今現在も、さして変わらぬものであることに、

私は何か複雑化した現代に、咀嚼しきれぬ想いを抱いたのであります。



-ふぅ、苦しい。



そしてやはり小説は素晴らしいと、再確認する事が出来た次第であります。

大正時代に記した原稿用紙10枚が、86年後の一人の怠惰な人間に、

感動と奮起、大きな行動力を与える事ができるのですから。



-あー、苦しい。



そんな事を、考えておりました。



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咀嚼しきれぬ二郎を啜りながら。



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神保町の夕暮れ。
by mitsuyado | 2012-09-09 00:00 | aoyagi